評論 第166回 2005年8月1日
米国とインドは七月、共同声明を発表し、新たな戦略的パートナーシップをうたい上げた。その直後、中国が人民元の切り上げを実施した。かねて要請してきた措置だけに、スノー米財務長官はこれを絶賛した。
この二つの出来事は、世界の地政学的構造における重要な変化を示している。両方とも世界のメディアが認識している以上に密接に絡んでいる。見かけとは違うのだ。どちらも米国内では外交的勝利としてたたえられたが、果たしてそうか。
インドと中国は合わせて世界の人口の四割弱を占める。しかし米国は、世界システムの支配的パワーであった二十世紀後半を通じて、両国とは良好な関係を持ってきていなかった。
中国は米国の大きな関心事だ。一九八〇年代に中国は大規模な経済構造の転換に着手し世界市場に参入。九〇年代末までに中国の経済成長は世界経済の大きな話題となっていくが、米国での評価は分かれていた。
一方の考え方はこうだ。中国は今や米企業にとって巨大な利益をもたらす潜在力ある主要な地域である。新たな、極めて重要な輸出・投資先なのだ。加えて、輸出超過によって急速に膨らんだ中国の米ドルは、ほとんどが米国債に投資されている。ブッシュ政権はそのおかげで巨額に上る国際収支上の赤字を埋め合わせているのである。この赤字は大型減税、イラク戦争による信じ難いほど膨大な戦費支出、製造業輸出の減少が重なった結果である。
ワシントンの大方にとっては、これはいい取引なのだ。米企業の利潤を生み、低金利が高水準の消費と大規模な住宅バブルを促し、国内の雇用水準を支えてきたからだ。
地政学的にも、米国は北朝鮮の抱く核の野望を抑えるのに不可欠な支援を中国に求めている。
二つの対抗勢力
他方、対中接近への反対論者は何よりも、人民元の割安設定によって倍加した中国からの輸出が米製造業部門の雇用低下をもたらしたと考える。もっと重要なのは、中国が経済成長を利用し軍事力向上にかなりの資金を投入していることだ。二十年後に中国が無視できない軍事大国化する恐れがあるのは、このためだ。ことし、中国石油大手の中国海洋石油(CNOOC)が米石油大手ユノカル買収に動いた際、米議会はヒステリー状態になった。
ブッシュ政権は、この二つの勢力の間にあって、人民元切り上げ圧力に集中することで打開を図った。米製造業輸出の見通しを好転させ、その過程で中国の軍事予算に一定の歯止めとなる可能性もあるからだ。加えてインドとの関係も強めた。増大する中国パワーとの対抗バランスをとるのが狙いだ。
米国は9・11米中枢同時テロの後、パキスタンとの結び付きを強めた。だが、パキスタンとの同盟の信頼性は、短期的にも中期的視野においても、低いと思い始めた。さらに、冷戦終結でソ連の脅威もなくなったことから、インドをより好意的にみなし始めている。
成果の中身は
米国はインドとの共同声明で、インドの核保有国としての地位を初めて認知した。このことが、イランの核の野心を阻む上で、既に弱体化した米国の立場を大きく損なったのはもちろんである。インドが米国から得たのはまさに、イランが自らの権利であると主張してきたものだからである。米国は引き換えに何を得たか。「容赦なくテロと戦う」約束だが、インドが既に対テロ戦に加わっている以上、約束自体にさほどの意味はない。
インドはイランやロシアと緊密な関係にあり、中国とは文書上ではあっても戦略的な同盟関係さえ維持。さらに、インド洋における主要な軍事パワーを目指している。中国は穏やかではない。米国もそうだ。インド洋でこの役割を演じているのは米国だからである。
人民元切り上げで重要なのは、もはや米ドルとの連動ではなく、複数の通貨を対象とするバスケット制になったことだ。これは中国が今後も米国の赤字を支えるという保証がなくなったことを意味する。人民元が強くなれば、米石油会社の買収コストは安くなる。
要するにこういうことだ。インドは世界の軍事的プレーヤーとして、中国は世界の金融プレーヤーとして認められる存在になったことである。両国の立場を認めたことと引き換えに米国が得たものは、価値のない紙にすぎない。
2005年9月9日 共同通信
Immanuel Wallerstein, "The U.S., India, and China," Commentary No. 166 (Aug. 1, 2005). http://fbc.binghamton.edu/166en.htm
著作権(2005年)
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